【武漢】~日本との因縁深い大都市~

entryimages_icchina03_22

武漢は湖北省の省都。華中全域の中心として、経済的にも政治的にも重要度が高い都市です。

夏は40℃近くに達するほど酷暑になり、重慶、南京と並んで“三大ボイラー”と呼ばれています。近年の異常気象でさらに暑くなっているので、夏の観光は避けたほうがいいでしょう。

entryimages_middle04_03

もともと武昌と漢陽という二つの都市がありましたが、明代になって2都市をひとくくりにした「武漢」という名前が浸透します。

あわせて、商業都市として漢口が発展し、この3都市が中心となって栄えてきました。

1926年、中国国民党がこの3都市を合わせて、正式に「武漢」と呼ぶことを制定しました。

さて、武漢も日本が深くかかわってきた都市です。

1858年、欧米列強との戦争に敗北した清朝は天津条約を締結させられ、漢口を開港することになります。その後、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、日本が相次いで租界を設置しました。

日中戦争が始まると、1938年に南京を追われた蒋介石が武漢に仮の首都を置きます。これに対し、日本軍は「武漢作戦」という猛烈な総攻撃を加えます。その戦力は日中戦争最大規模の30万。日本政府は戦費調達のために国家総動員法を施行しました。これによって、蒋介石は重慶まで撤退しました。

武漢を占領した日本軍は、武漢大学のキャンパスに桜を植えます。そして戦後、日中国交正常化が実現してからも桜は植え続けられ、結果的に武漢大学は桜の名所になっています。春、満開の桜を見ながら、広大なキャンパスを散歩するのは最高です。

武漢を観光したときにはずせない名所「黄鶴楼」!

223年、『三国志』呉の孫権が軍事目的の物見櫓として建築したものです。

見上げると、その壮大なスケールに驚きます。李白も「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」という有名な詩を詠んでいます。なお、現在の黄鶴楼は、戦火で焼失したものを1985年に再建したもので、エレベーターも設置されています。

武漢には成田、静岡、福岡空港からアクセスできます。

SNSでもご購読できます。